2009年にアメリカにいたときは、日経新聞北米版を紙でとってました。毎朝ご丁寧にビニール袋に入れて届けてくれるのは有難いのですが、アパートの入り口にぽいっと投げ捨ててあるのを回収というなんだかヘンな感じでした。ちなみに盗まれたことはありません(日本語だし)。
でも今は便利なことに日経電子版があります。リアルタイムで日本の新聞がiPadで読めちゃうのでとても便利。英語のニュースはやっぱり映像とか補足的な物がないと理解度が浅いので、日本の新聞はやはりありがたい。私が使うのはビューアータイプ。新聞の全体を丸ごと電子的にスキャンしたようなもので、iPadと相性がいい。iPadだといいのは広告も見れること。Webベースの電子版だとクリックした記事しか読めないので、あまり好みではありません。(新聞に載っているものに限られるけど)ランダムに情報が入ってくるほうが楽しい。
そんなのでいま流行りの本とかを見ているのですが、「失敗しないXXX」とか、「今年失敗したくない人のためのXXX」みたいなのを見かけます。失敗したくない信仰みたいな感じなのでしょうか。最近はネットがあるので、レストラン選びも食べログとかで調べて失敗を回避する手段が増えているので、気持ちとしてはわからなくはないです。雰囲気で決めて入った店がおいしくなかった、みたいなのは結構悲しいので私もよく使ってました。使い方を間違わなければ、確かに便利です。
こういう失敗しない方法を探すためにエネルギーと時間を使いたい気持ちはわかるのですが、これはあくまでも自分の仕事とは別だよなあ、と今の仕事をしていて思います。たぶん今の職種がそうであって、例えば安全第一の工事現場とか、工場で働いている場合は失敗は(程度にもよるけど)許されないとは思いますが。(一般論として)仕事で失敗してまずいことになるのは、それで致命的な問題が起きる場合と、致命的ではなかったとしても失敗してそこから学ばなかった場合だと思う。いまの仕事って、なんだかよくわからない状況で情報が十分にない中で何らかの決断をして物事を前に進めなければならないので、やむを得ず、やや「えいやあ」で決めたりすることが結構あります。必要な情報が出そろうまで待とうと思ったらどんどん仕事が遅れる。で、結局後になって、「ああ、あの時こうしていれば。。。」ということは実際にたくさん起きてます。でも、そこで決めて前に進んだので、仕事全体としては前に進んでいるのです。問題を解決するためにあとでやらなければならないことが増えただけのことで。もしそこで決めずに前に進んでいなければ、得られないものもある。情報を集めることに情熱を注ぐだけの「失敗したくない人」になるのではなくて、「失敗しても気にしない。でも学ぶことは学ぶ」になりたいものです。
たいていの場合、意思決定に必要な情報って全部そろいません。そろってから決めるのは簡単なので、そんなのは仕事ではない。こういう理解って、どれくらい浸透しているんだろうか。凡人であればあるほど、情報をせっせと集める努力が必要であることはよくわかります。でも、情報を集める努力を無限に(極端な話一日6時間とか残業してでも)続けることも無理。先にならないとわからないことも今答えを知ることも無理。だから手持ちの情報で決めるべきタイミングで決める。日本の長時間労働って、こういう考え方の欠落が一つの原因だと思います。
これも自分への戒めです。
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