2019年11月17日日曜日

プレッシャーの中で仕事をすることが絶対にいいこと?


アメリカに転勤してもうすぐ2年。いろいろあったけど、赴任当初の部署状態がかなりマシになってきました(比較の問題であって、元いた日本の部署に比べたら全然だけど、それはまたそれで)。プチトラブルはいろいろ起きますが、もはや驚きもあまりありません。

あるとき出向者の社内報的なもので「赴任前の意気込みとか、何をやり遂げたいと思って赴任したか」とかいろいろインタビューみたいなのをされたことがありました。それで考えてみたら、赴任前は一人目の子供が生まれたり、そんな状態なので引っ越し関係の膨大な手続きを毎晩やったり(ビザ申請も)、当然仕事も忙しかったので正直何も覚えてませんでした。だから意気込みとかそういうの全然ナシ。久々のアメリカ生活でちょっとワクワクしてたくらい。

ということで、なんとなくわーっと異動して、その中で良く分からないままに何とかその日暮らしの感じでいろいろ試行錯誤して、いろんな人の協力もあってようやく今のやや平穏な感じに落ち着いたという感じです。

この間、何がもとの部署の仕事と違ったかというと、無駄に「プレッシャーを感じる」とか、「ヘマしたらみっともない」とか、そういうことを気にせずに仕事に没頭できていたことです。こっちの上司がそれはそれで忙しかったからかもしれないけど、ほぼ放任でやらせてくれました。報告はするけど、口出しはほぼなし。もちろんサポートはしてくれます。

そんな感じで2年間やってて、自分としてはやるべきことはちゃんとできたと思います。で、それと比べて昔は(なんとなくだけど)プレッシャーを感じて仕事や研究をしてたのって、いったい何だったんだ?と思い至るわけです。

たいていの人は自分の経験をもとに「苦しい思いをしてこそ一人前になれる」とか、「プレッシャーをはねのけてこそ素晴らしい成果が出て出世ができるのである」とか、そういうことを言っているんじゃないでしょうか。そういう人が会社で「偉い人」になる。

決してそういう努力とかが無駄だったといっているわけではないです。自分は大学院に行ってた時はいろんな意味でプレッシャーを受けながら日々徹夜で実験して(しかも、たぶんそうすることは無駄なんだろうな、と気づきつつ「怒られるから」必死にやってた)大変な思いをしたこともありました。大学を卒業した後に思い返せば、当時の努力が無駄だったとも思いませんし、仕事上とても役に立ったと思っています。でも、だからといってそれが唯一で最高のやり方だったということでは全然ないんですよね。そういうやり方をやっていたために時間と体力と知力を奪われて得られなかったこともある。あるビジネス本ではそういうやり方を「犬の道」と言って、それだけはやったらダメと戒めてました。本当にその気持ち良く分かります。「犬の道」経験済み。

で、話を元に戻すと、今回は決して長時間働かなかったとは言いませんが(時差の中で仕事をしていたのでやむなし)、それでも努力の割には成果が出たように思います。毎日夕方は子供と外を散歩したり、公園で遊んだりもできました。いまは通勤が楽なので、という事情もありますが、日本にいてできたとは到底思えません。本来そういう働き方を目指すべきだし、そうするために必要なのはプレッシャーではないと思うのです。誤解のないように補足すると、嫌なことを経験しなくてもいいという意味ではないですし、頑張らなくてもいいということでもない。まじめに仕事することは否定しません。

なんだか話がいろいろそれたりもしたけど、結局、いかに集中してやろうと思えるような仕事を作り出すか、それを自分の仕事にできるか、ということがすごく大事なんだということが良く分かった、ということです。そして、無駄にプレッシャーを感じさせることの無意味さと、そうせざるを得なくなっている時点でまず設定自体に無理があることを理解してくれる人が増えることを祈ってます。

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